lionusの日記(旧はてなダイアリー)

「lionusの日記」http://d.hatena.ne.jp/lionus/としてかつてはてなダイアリーにあった記事を移転したものです。

生の欲望―あなたの生き方が見えてくる (森田療法シリーズ)(変態心理。)

水谷啓二により編集された森田正馬の随想集。
森田先生の厳しくも慈愛あふれる言葉の数々に,こみ上げる涙とともに目からうろこがぽろぽろ落ちるような気がします。半世紀以上も前に書かれたものなのに,全く古さを感じません。むしろ現代の数多い識者たちよりも,今の社会問題を鋭く批評できているような気がします。

青年になると,活動はますますさかんに,いろいろな欲望はますます大きくなると同時に,子供とちがってしたい放題の生活は許されなくなるから,ここに「ままならぬ浮世」とか,「自由のない社会」とか言って,世をのろうようになり,精神の葛藤,煩悩がおこり,それにつられて思想が発達するようになり,人生問題を考えるようになる。そして,一般に理想主義的となり,理想ばかりが高くなって,実行が伴わない。理想と実行の開きが大きいために,一歩誤ると気分本位の享楽主義となり,堕落して一生を誤ることにもなりかねない。
(中略)
ちかごろ流行のいわゆる神経衰弱とかノイローゼとかいうものは,この思想発展の過渡期における一現象としておこることが多い。

ちかごろ流行の「ニート」は懊悩していないようで,こういうことなのかもしれません。

世の中には,古歌でも新しい歌でも,他人の歌を片っぱしからこきおろす人がある。それは,その人が自分で多く歌をつくったことのない証拠である。また,自分がつくった歌がとくべつすぐれているように思ったり,あるいは人を感心させるような歌をつくってみせようという野心のある人は,まだ歌の道に未熟な人である。
(中略)
前に自分がつくった歌が特別よいように思ったのは,自分の偏った考えにとらわれ,他の人の心を思いやるという心がけが足りなかったためであった。

森田先生が和歌を習われた経験から書いておられることですが,上記の「歌」を「論文」に置き換えると非常に耳が痛いです。

●実行するにかぎる
すべて人間のやることは,事業にしても,思想にしても,また歌にしても,(1)世の中のことを見聞し,本を読むことによって心をひかれ,さそわれ導かれ,(2)活動し,表現し,書くことによって心身の機能はますますさかんとなり,(3)実行し思索し考察することによって,いよいよ鍛錬されるものである。
(中略)
下手の将棋は休むのに似ている。ふところ手をして空想にふけり,屁理屈をならべ立てているぐらい馬鹿げたことはない。

ぐちゃぐちゃ減らず口をたたくのはやめて修行します。

●無価値な研究と価値ある研究
学者に「何とかして金の鉱脈を発見したい」という意気込みがなく,ただ研究のための研究となり,「まだ人がここへは手をつけていないから」と言って化物屋敷の縁の下を掘りかえしたり,あるいは飛行機で海の果ての孤島をさがしまわったとしたら,その結果はどうであろうか。それはまるで,おとぎ話の宝さがしのようなもので,学術的にはほとんど価値はないのである。このごろ大量生産される学術論文を通読してみて,その感を深くするのである。

今も昔も一緒なんだ(苦笑しつつやはり耳が痛い