lionusの日記(旧はてなダイアリー)

「lionusの日記」http://d.hatena.ne.jp/lionus/としてかつてはてなダイアリーにあった記事を移転したものです。

日本海軍400時間の証言 軍令部・参謀たちが語った敗戦

日本海軍400時間の証言―軍令部・参謀たちが語った敗戦

日本海軍400時間の証言―軍令部・参謀たちが語った敗戦

Amazon掲載の「出版社からのコメント」より:

2009年8月、3夜連続で放映されたNHKスペシャル『日本海軍400時間の証言』。あの戦争は誰が何の為に始めたのか? 海軍とはどのような組織だったのか? なぜ、"特攻"という無謀な作戦を考えたのか? 海軍中枢にいた当事者たちの告白記録は、大変な反響を呼びました。番組は、石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞(2010年度)など、数々の栄誉に輝きました。本書は、放送された番組内容に加え、未放送となった取材内容を網羅し、番組が誕生するまでを克明に記したドキュメントです。

lionusもこのNHKスペシャルを見たような気がしますが,この日記には書いていないようです。
本書の内容はその通りで,番組制作者のご苦労と真摯さがよく伝わってくるドキュメンタリーでした。
lionus的に驚いたのは,戦後の海軍関係者の東京裁判に関する動きについての記述です。

pp.297-298
海軍の裁判対策で鍵を握っていたのも,やはり「軍令部」であることが次第に分かってきた。軍令部は敗戦直後に解体されたが,その実態は消滅していなかったのである。
昭和20年11月30日,GHQの指令により海軍省は解体され,その後継組織として翌日に発足したのが,「第二復員省」,通称「二復」。
主な業務は海外に残された数十万にも上る海軍将兵の復員業務の遂行とされていた。また同時に,二復には,GHQが求める海軍関係の戦犯容疑者を国際検察局(IPS)に出頭させ,その軍歴・経歴を照会するという業務が課された。その任に当たったのが,二復の大臣官房「臨時調査部」(のちの調査部)という部署であった。
軍令部は解体されたが,実態は厳然と残り,第二復員省が水面下で進める裁判対策において,その”能力”を発揮することになる。
(中略)
(「二復」内に置かれた:lionus補足)「臨時調査部」はGHQからの問い合わせに忠実に,戦犯容疑者の軍歴や家族情報を照会・提供する業務だけが求められた。しかし実際には,GHQの目をかいくぐり,海軍関係者の擁護,裁判対策に組織をあげて取り組んでいたのである。

そして,その「擁護」「裁判対策」は高位者に厚いものでした。その背景として,天皇の戦争責任を問われることを避けたいことがあったことが指摘されています。

p.358
海軍の裁判対策の基本方針には「天皇に累を及ぼさず」という考え方があったことが判った。その枠組みの中に,嶋田繁太郎大将の無罪を勝ち取った潜水艦事件や,スラバヤで一人処刑となった篠原多摩夫大佐の裁判はあった。
天皇に近い高位の役職の者は,有罪を避けなければならない。そうしなければ天皇に訴追の手が及びかねない,という論理であると考えられる。

pp.364-365
「ゆうべ私の東京裁判当時の綴りをめくったら,親密だったフェラーズ准将と米内大将の談話資料が出てきた。これ昭和21年3月6日のなんです(略)フェラーズ准将が”自分としては天皇制がどうなろうと,一向に構わないのだが,マックの協力者として占領を円滑ならしめつつある天皇が裁判に出さされることは,本国におけるマックの立場を非常に不利にする。これが私のお願いの理由だ”と。(略)対策として”天皇が何らの罪がないことを日本人側から立証してくれることが最も好都合である。そのためには近々始まる裁判は好都合である。東條に全責任を負担せしめるようにすることだ”と,そういうふうにフェラーズがそこまで突っ込んだ話をしているんですね。それに対して米内さんが”全く同感です”と」
米内はこのとき,東條元首相だけでなく嶋田元海軍大臣にも責任をとらせる準備があると伝えたという。しかし,結果として東京裁判によって死刑判決を受けたのは,フェラーズ准将の言葉通り,東條始め陸軍関係者6人と文官1人,海軍からは1人も出なかったのである。

pp.366-367
反省会での豊田元大佐の証言やメモ類から読み解くと,少なくとも海軍は天皇制を維持するという点においては米国と利益を共有し,組織防衛を図っていたと考えられるのである。

最後に,取材する側の姿勢について述べられていることも印象に残りました。

p.372
中でも,とりわけ印象に残っているのは,「被害者の意識のみで戦争を考えていては,戦争を遂行した国家エリートの思考を分解することはできない。あの戦争を加害者の意識で見つめなければならない」との言葉だった。

pp.372-373
戦争を考える際に大事なことは,自らも「加害者」の立場に陥るかもしれないという認識の上に立って取材することだ。そうすれば思考停止に陥らずに,本当の教訓を導き出す原点になる。笹本氏は,私にそう伝えたかったのだと思う。
今回の番組は戦争被害者の声を代弁するドキュメンタリーではなく,為政者に近い権力の中枢にいた側の声から,あの戦争の本質を浮かび上がらせようとした挑戦的な番組であった。作り手である私たちも,「被害者」としての視点ではなく,戦争を遂行した,あるいは遂行せざるを得なかった「加害者」の視点で番組を構成することで初めて,単に為政者を非難するだけでなく,戦争という暴力を二度と繰り返さないための教訓を導くことができる。笹本氏はそう指摘してくれた。

企業等組織の「不祥事」について検討する際についても必要な視点ではと思いました。