lionusの日記(旧はてなダイアリー)

「lionusの日記」http://d.hatena.ne.jp/lionus/としてかつてはてなダイアリーにあった記事を移転したものです。

教師が育つ条件(自らの専門性を維持し育てていくための基盤としての「探究心」。)

教師が育つ条件 (岩波新書)

教師が育つ条件 (岩波新書)

仕事のために再読して、以前読んで記事を書いていたかと思ったら、どうも書いていないようなので。
教師が一人前の専門職としてうまく仕事をしていくためには何が必要なのか、ということを、教育現場でのフィールドワークから論じています。
190ページと分量も控えめで、なおかつ平易な言葉で語られているので教育問題シロートでもすっと読めます。

p.22
第一に「教師を育てる制度」と「教師が育つ道筋」を区別する。教師になる前の準備段階から教職に就いてからも育っていく長い過程を考えると、準備段階は法律に基づいた基礎資格を得るために、限られた期間での表面的で形式的な学習の局面であり、教職に就いてからたどる実際の道筋は長期間にわたる包括的な体験の内実を伴った局面である。

p.23
前者の法律による制度をめぐっては、文部科学省(以下、「文科省」)と教職員組合、そして大学研究者や経済界などとの間でしばしば論争となり、国会で何度も審議されるような政治事項となる。それだけに世論もつい関心が制度面に向きがちである。しかし、むしろ後者の長期に及ぶ体験的な次元に目を向けて、そこから浮かび上がる諸課題を前者の制度にどう生かすのかについてもっと検討すべきだろう。

これは弁護士など他の専門職にも当てはまりそうなことではないでしょうか。
大学や大学院における「養成」課程に議論が集中し、卒業後や試験合格後、どのようにして一人前として育っていくのかの過程についての議論が不足しているようにみえることは共通ではないでしょうか。
また、教師の「資質・能力」について、知識や技術といった限局された見方、反対に人格等、拡散しがちな見方に対しては

p.57
「そこで、あるまとまりをもった知識・技術そのものよりも、むしろ知識・技術を生徒に応じてどのように変化させていくか、あるいは新たにどう開発していくかという、常に研究していく態度こそが教師に求められると思います。」

p.57
「探究心と言ったらよいのでしょうか、それが教師の成長の原動力にもなるのではないでしょうか。」

と、退職した高校教師(男)の語りを紹介しています。

p.58
探究心は授業の教材研究であれ、生徒指導、学級経営、保護者との人間関係であれ、教師の職務すべての領域で発揮される実践の原動力になるものである。つまり、探究心が発揮されないと原動力が弱くなり、実践すべてが振るわなくなるだろう。

p.58
大学の教員養成で専門教育を論じるとき、真っ先に挙げられるのは教科に関する専門的知識・技術である。しかし、具体的な知識・技術を習得する際に不可欠な探究心を見落としたまま、既成の知識・技術の体系を表面的に理解するだけに止まれば、果たして教師の資質・能力を培うことができるだろうか。探究心を持続的な資質にも根ざすものとして培うことは、それこそ大学に与えられた重要な役割のはずである。

著者は他の箇所でも「(探究心が)あるからこそ専門職としての自律性が保証されると言える」など、専門職にとっての探究心の重要性を繰り返し論じておられます。
教師のお話だけれど、専門職全般に通じる、そして付加価値を生み出す高パフォーマンスなホワイトカラーとして働くサラリーマン(企業内個人事業主とでもいえそうな)にも求められる視点だな〜と拝読しました。