lionusの日記(旧はてなダイアリー)

「lionusの日記」http://d.hatena.ne.jp/lionus/としてかつてはてなダイアリーにあった記事を移転したものです。

ネガティブとポジティブ,そして広がる夢。

特別シンポジウム「多能性幹細胞研究のインパクト−iPS細胞研究の今後」を聴講してきました。
朝10時から17時半頃までの長丁場でしたが,非常に興味深く感銘を受けました。
iPS細胞って何ぞや?という方は→ つgoogle:iPS細胞
また,シンポジウムの趣旨を引用します:

 今回、京都大学 山中教授によりヒト皮膚細胞からES細胞と遜色のない分化能を持つiPS細胞が作られ、再生医療に新たな展開が期待できる状況となっています。JSTはこのような状況を踏まえ、わが国においてiPS細胞を中心とした多能性の幹細胞研究の加速と拡充が目下の急務と考えております。
 本シンポジウムは、今後のiPS細胞を用いた再生医療研究の展開・推進を目指すべく、ヒトiPS細胞の作製や動物iPS細胞を用いた再生応用の実験について詳細な報告をし、本研究分野について多角的に俯瞰すると共に、今後のiPS細胞研究の方向性を提示する予定です。

http://www.jst.go.jp/kisoken/iPS/sympo1/about.html

iPS細胞がすんごいと思ったのは,皮膚細胞から何にでも分化し得る細胞ができてしまうということです。自分の皮膚からとる細胞だから,倫理的問題と免疫拒絶反応がクリアできるわけで,それはすんばらしいことだと,確か11月頃にニュースで知った時にはちょっと感動し,再生医療への応用へと非常な希望を持ちました。
その後,某ML経由で当シンポジウムが開催されることを知り,山中教授ご本人のお話をパンピーでも生で拝聴できるぞ!と,ごくごくミーハーな動機から早々に参加申込をした次第です。
lionus猫にはチンプンカンプンなところが大半ながら,山中先生をはじめとした先生方のお話を拝聴して思ったことは,iPS細胞が出来たといっても,それを入れればALL OKというわけではないということでした。
iPS細胞は分化して何かになる前のものなので,悪いものにも良い(正しい)ものにもなり得るのです。したがって,体内に入れても訳分からん腫瘍になっちゃうこともあるわけで,そうならないために極力「きれいな」細胞を入れようとする工夫とか,入れ方の工夫の開発が必要らしいです。
マスコミのニュースを聞いたときには,何か一挙解決するような気がしたのですが,中々難しいことはよく分かりました。
しかし,山中教授がおっしゃっておられたように「ゴールは遠くに見えてきた」*1ということも感じられました。
シンポジウムは主役の山中先生だけでなく,ES細胞やiPS細胞を用いた研究をなされている先生方の発表もあり,この方面のまさに先端分野のお話を拝聴できたのですが,一連のお話を聴いていて感じたことは,研究はチームでなされているということです。
lionusの指導教授はお医者さんだったので,(指導教授が現役だった頃は)トップダウンで,院生や学部生が連携して研究を行っていたのであまり違和感はなかったのですが,そういったスタイルは文学部では結構異例なものではなかったかと思います。実験系の心理学では一部トップダウン方式をとっているところもあると理解していますが,それ以外では学生個人の選択に任されている,言い換えればボトムアップ形式ではないかと思います。文化の違いを感じました。
また,それに関連して,山中先生がご自分の研究を説明される際に,これは誰々(例えば院生の×○さん)の仕事で,と必ず区別してお話をされた上に,スライドの最後に,研究に関わったメンバーの顔写真を紹介しておられるのが印象的でした。
つまり,弟子がやったことを自分ひとりの手柄に丸めてしまわず,ちゃんと各人の業績として明示しておられるのです。
他の先生方も大体同じようにしておられたので,生命科学系ではこれがデフォルトなのかもしれませんが,特に山中先生のご発表では研究メンバー(スタッフ)への敬意が一層感じられた印象があり,本筋とは外れますが,お人柄がうかがえるようで感銘を受けました。
後,印象に残った点は・・・”PAD”という”精神疾患”を紹介されたことです。
「PADという重篤精神疾患がありまして・・・」とお話された瞬間,心理屋として何だそれは?と一瞬頭の中にあれやこれやの単語が飛び交いましたが,それは”post America depression”一種のジョークであるということが示され,ほっとしつつ爆笑しました。
”PAD:post America depression”とは,アメリカで研究生活(ポスドク等)を送り,日本に戻ると,日本の若手研究者の待遇(研究環境)とのギャップにショックを受け,鬱になってしまうということなのだそうです。あまりの劣悪な研究環境の故に,一時は整形外科医(臨床医)に戻ってしまおうかとも思ったそうです。
奈良先端大学院で助教授のポストを得て,恵まれないながらも何とかやってきた・・・等々のお話を続けてされておられましたが,本当に洒落にならないと思いました。
恵まれない状況で満塁逆転ホームラン(いや,それ以上だけどさ)をブチかましたということは,大変な「美談」です。
しかし,「美談」として持ち上げ過ぎてはいけないと思います。「美談」が生まれてしまう環境は本来あってはいけないのです。山中先生の研究成功ストーリーはまさに「美談」あるいは「プロジェクトX的」なのですが,それを評価し,賞賛するだけでは,じゃあ日本の科学研究環境は恵まれないままでいいのだということの肯定につながってしまうと思うのです。
無闇矢鱈とお金をばら撒けばいいというものではないのですが,「貧すれば鈍する」の如く,貧乏にも程があるということを痛感してしまった京の夕暮れでした。
ただし,その貧乏の中からひとつの希望が立ち上がりつつあること,そしてそれを支援しようとする動きが確実に起こりつつあることを「目撃」できたのは嬉しい限りでした。

*1:ちなみに,少し前にマスコミに取材を受けた際には,”遠くに”というところが省かれて「ゴールが見えた」と伝えられてしまい大変であったとジョークを交えて語っておられました。