lionusの日記(旧はてなダイアリー)

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昔書いた川原泉作品に関する文章2。

空の食欲魔人 (白泉社文庫)

空の食欲魔人 (白泉社文庫)

紹介するのは,この中に収録されている『月夜のドレス』という短編です。
フロイト1/2』と同様,夢(厳密には違う)を共有するカップルのお話です。

主人公ふたり

  • 秋好杏子:無気力でぼけ〜っとした17歳の女子高生。
  • 江藤英景:杏子と同じクラス。バリバリ硬派の剣道部主将だが,秘密の習癖を持つ。

ストーリー

秋好杏子さん(17歳)は もともと少し無気力な人ではあったが
このところいよいよ症状が悪化し
無気力のあまり 夜も眠れなくなった

と,いうことで(これってうつ状態でわ?),「寝間着のまま夜の街角を徘徊」(ヤバイって!)する杏子は,深夜の公園で同じクラスの男子がひらひらしたドレスまがいのものを身にまとって「ちょーちょのよーにうれしげに」踊っているのを目撃する。
翌日,クラスメートにその男子の名前が江藤英景ということ,剣道部主将をつとめている硬派の堅物であることを教えてもらう。杏子は物覚えが極端に悪く,新学期が始まって1ヶ月たった5月でもクラスメートの名前と顔が一致しないのだ(とほほ)。
帰り際杏子は以前つきあっていた森君と下駄箱でぎこちないあいさつを交わし,彼の去って行く背中に「アッカンベ〜」している現場を英景に目撃される。理由を尋ねられ「ふられた腹いせ」と杏子が答えると,「なるほど・・・ボケ〜ッとして物覚えが悪いうえに 感動の薄そーな人間だもんな あんた」と失礼にも言う英景。むかっときた杏子は「女装趣味の変態よりはましだと思うんだもんね〜〜」と深夜の公園で見たことをほのめかす。
下駄箱の前で見つめ合った(にらみ合った)まま微動だにしない二人(周囲には二人が下駄箱で恋に落ちたと見当違いされている)
かくして寝間着の杏子とひらひらワンピース(実はカーテン)の英景は午前2時,例の公園で対面する。
英景は女の子らしいきれいで柔らかい服に憧れ,そういった服を着たい気持ちがつのるあまり,「剣の道一筋に打ち込んだりしてみたが」「その甲斐もなく 明月に誘われて ついフラフラと」「・・・気がつくとカーテン着て踊ってた」という。
以後,夜ごとカーテンを着て月の光のもとで踊る英景とそれをベンチで眺める杏子。昼間の学校でも仲良くなる(やはりあの変人二人は下駄箱で恋に落ちたと学校中の評判)
なぜか杏子の妹の桃子(2つ下の1年)が教室に訪ねてきて,「森さんを捨てて こんな失業中のお侍みたいな人に走るなんて」と,英景を指して杏子を責める。唖然として目が点の二人。ところが・・・

(杏子のセリフ)
ほんとにね 可哀相なくらいそーっと森君の方を見てるのね
・・・森君だって同じことよ
二人とも平和的人間だから・・・
せつないよね〜〜 森君はわたしに気ィ遣うし 桃子は人の心配ばかり・・・

最初,杏子の彼氏だった森君は,いつの間にか杏子の妹の桃子と相思相愛になってしまったのだ。杏子は森君をふることで,自分からこの三角関係から身を引いた。
「もう いいんだ〜〜」と微笑する杏子。
翌日,ちょっとおせっかいな英景は「俺は今電電公社*1の電報なんだ」と森君に耳打ちする。

発信人―秋好杏子
電文―今年の桃は良い桃だ もったいないがあんたに やる 桃には何も言うなよ

森君と桃子はめでたくカップルになる。
教室の窓から森君と桃子を見つめる杏子の背中を見ながら英景は思う:

秋好は・・・ ボケ―っとして物覚えが悪くて感動が薄そーで ・・・だけど秋好は 何気ないふりして歯をくいしばり ・・・そーして 誰もいない所で泣くのだろう

こんな風に,英景は杏子に「りりしさ」をみた。
じきに,英景はカーテンを着て踊るのをやめると決める。満月の夜を最後に・・・
最後の晩,杏子は「薔薇色シルクのドレスは無理だから・・・」と,淡い薔薇色のリボンを英景にプレゼントする。

それから二人はちょーちょになった 月夜にダンス ひらひらと ドンジャラホイと踊ったさ
さよなら 月夜のドレス

そうしてあれ以来,二人の噂は本当になったようだ。

夜の公園

・・・時々 俺は考える ズボンはいた女は正常で なにゆえスカート男は変態なんだろう

英景のセリフです。
それに対し,もし男がスカートをはく状況になったら,「考えるだけで不気味」で,「故に品のある社会風俗を堅持するためにもズボンは必需品」とかーら教授は杏子に語らせています。つまり世間で言われている「男らしさ・女らしさ」への疑問と,一方でそれから逸脱することの社会的困難さが代弁されています。
一見バリバリに男らしいのに内面には女の子らしい服を着たい願望を持つ英景。
見かけはぼんやりしているが(=女性的),芯には雄雄しく一本筋が通っている杏子。
そんな二人が出会って,互いを認め合うストーリーによってかーら教授は従来からの「男らしさ・女らしさ」を止揚した男女の関係を問うているように思います。
えっ,「夢」はどこへ行ったかって?作品のテーマにふれる方が先になってしまいました。
この作品では「夢」は「夜」に置き換えられているようです。
森君をまだ好きなのに,自分からふってしまった杏子は「本心」を偽ったゆえに不眠症=夢が見られなくなってしまったのではないでしょうか。
英景は「スカートがはきたい」という「本心」を「夜の公園」で発散しています。杏子は偶然,英景の「夜の公園」に出会い,「夜の公園」=「本心」を共有することになります。昼間現れることのない「本心/本当の自分」が語られる点で,『フロイト1/2』での夢の共有と,この「夜の公園」の共有はとてもよく似ています。
フロイト1/2』と違い,この作品での英景と杏子の「本心」にははっきりした決着がないのでは―どちらかというと英景の方が―と感じられます。
女性はズボンをはいても社会的に許容されるが,男性のスカート姿は許容されない。言い換えれば,女性は(もちろん現状は不完全ではあるが)ウーマンリブ運動などに示されるように「解放」されたが,男性はまだまだであることが示されているようです。

*1:昔のNTT・・・古っ!