lionusの日記(旧はてなダイアリー)

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昔書いた川原泉作品に関する文章3。

バビロンまで何マイル? (白泉社文庫)

バビロンまで何マイル? (白泉社文庫)

またまた夢(のようなもの)を共有するカップルのお話ですが,この作品では「夢」の部分が作品のほとんどを占める・・・主要部分になっている点が特異的です。

主人公ふたり

  • 月森仁希(にき):某国立大経済学部を出て,株の専門家になり壮絶な仕手戦を繰り広げることを目論む,図書委員一筋のリアリストな松葉ヶ丘高校3年生女子。父親は早くに過労死し,母ひとり子ひとりでつつましく暮らしている。
  • 真船友理(ゆうり):仁希のお隣さんで幼なじみ。フェンシング高校総体優勝で生徒会長の文武両道。数代前からの国際結婚続きに由来する,日本人離れした容貌でモテまくり。

ストーリー

ひょうたん池

主人公二人は小さいころ,友理はウルトラマン,仁希はバルタン星人に扮して家の裏手の森でごっこ遊びをしたものだった。ある日ひょうたん池で溺れていたとんがり帽子の小人のじーさまを助けたところ,そのじーさまは「近いうちに必ずいい物持って礼に来る」と言い残し消えていった。二人はそれから来る日も来る日も森で期待して待っていたのだが・・・
いつの間にか二人は大学受験目前の高校3年生となっていた。

昔 遊んだ ウルトラマン 国籍不明のウルトラマン 会うたびすくすく伸びちゃって 今じゃすっかり国際人
昔 遊んだ バルタン星人 現実的なバルタン星人 ある日 皮を脱ぎ捨てて 雑木林を抜け出して 今ではすっかりリアリスト

夜遅くまで受験勉強に励む毎日。ある朝二人とも似たような「変な夢」を見,例のひょうたん池に行ってみると,昔助けた小人(名はグノーシスとかいうらしい)がどこからともなく現れ,約束のお礼の品として指輪を二人に差し出した。その指輪は,はめると動物の言葉が分かるようになるという「ソロモンの指輪」よろしく,「いつの時代、いかなる国の言葉でも自由自在に操れる」というすんごい代物だった。その上,

赤く光ったら 行って 青く光ったら もどる

という「ビックな特典」(意味不明)がついていると言い残し,またどこかへ去っていってしまった。
12年振りに礼の品をもらったのはいいが,それぞれ左手の中指にはめた指輪はどうしても外すことはできず,「まじめな」高校生の身としては具合が悪い。その上ペアリングの噂もおまけについてきたりして,誤解した友理のガールフレンドと三つ巴でもめていると突然,二人の指輪が赤く光った。

あとはもう野となれ山となれ

「ビッグな特典」とは,時空を超える機能だった。言いかえれば、ランダムにタイムスリップしてしまうのだ。
ふたりがタイムスリップした先は,恐竜の時代だった。
原始の森でティラノザウルスと格闘したりと,計21ページ(文庫版)のストーリーが展開され,指輪が青く光ってもとの世界に引き戻された。目の前には「いいんです その指輪を見ればわかります」と自己完結し,走り去って行く友理のガールフレンド。
次にタイムスリップしたのは,例のガールフレンドの兄が「何の落ち度も無い妹を悲しませた」と逆恨みして友理に対決を迫り,仲裁に入った仁希も加わり,再び三つ巴でもめている最中だった。
指輪が赤く光って飛ばされた先は,ルネサンス期のローマだった(指輪のおかげで言葉の心配がないのが唯一の救い)。
今度は計167ページにも渡る長い長い滞在で,成り行きで公爵の書記官(=仁希)や士官(=友理)になってしまったりして,「わしらこのままルネサンスの人になってしまうのかしら・・・?」と空を見上げ思う二人。
それでも指輪は青く光り,ちゃんと元の世界に戻ってくることができた。
物語は,ルネサンスの時代で出会った人たちのその後を暗示する夢を仁希と友理が共に揃って見たところで完結している。

夢はいつかは醒めるのだけど

この作品における「夢」は他の作品と二つの点で違うように思います。
冒頭にも書きましたが,この作品は全253ページ中約7割がタイムスリップした先=夢の場面で占められている点が特異的です。他の作品では「夢」はストーリー展開のキーとして機能していますが,ここでは「夢」そのものがストーリーになっています。
もうひとつは,「夢」が何だか切ない「別れ」で終わることです。他の作品,例えば『月夜のドレス』では「夜の公園=夢」は杏子と英景の「出会い」のきっかけになっています。一方この作品では,最初のタイムスリップでは,当初食料にしようと思ったが情が移り,かわいがっていた仔恐竜がティラノザウルスに殺されてしまっています。次のルネサンス期へのタイムスリップの場合も,イタリア制覇の野心にとりつかれた公爵と,その野心の達成のため利用される公爵の美貌の妹など,出会った人たちの行く末を案じながら,別れを悲しみながら,元の世界にフェードアウトしていきます。
友理のGFやその兄との揉め事=何かとややこしい現世(特に男と女の世界?)から夢の世界へタイムスリップ=逃避しても,いずれそこから去らねばならないと示されているのではないでしょうか。大人になりたくない,いつまでも無邪気な子どもでいたいという思い,子ども時代への惜別の情が表れているように感じます。
友理と仁希の関係もちょっと他の作品とは違うかもしれません。他の作品では,夢を共有することでカップルになるのですが,このふたりは愛とか恋以前の幼い頃から夢=雑木林でウルトラマンごっこ,を共有していますし,高校生になった現在でも,ベッドを並べて寝る(ルネサンス期にタイムスリップした時,仁希は少年と思われ,同じ部屋に案内された)のに抵抗がないようです。
最後に,二人はまた同じ夢(ルネサンス期で出会った公爵とその美貌の妹)を見るのですが,どうもあまりロマンチックなエンディングではない・・・かーら教授に「ろまんちっく」なエンディングを求めるのはちょっと,という意見もあるでしょうが・・・つまりこれからも友理と仁希は男女関係ない間柄なのだろうなと思わせるような感じなのです。
逆に夢の中でハッピーエンディングしているのは,イタリア制覇の野望むなしく悲惨な最期をとげた”幽霊”の公爵と,彼の死を時空を超えて感じとり,彼のために神に祈りをささげる美貌の妹だったりするのです(現世では道ならぬ仲だった)。現世(生身)では結ばれなくても,幽霊=精神?になってはじめて成就する恋・・・?