lionusの日記(旧はてなダイアリー)

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厚生と権利の狭間

厚生と権利の狭間 (シリーズ「自伝」my life my world)

厚生と権利の狭間 (シリーズ「自伝」my life my world)

ここまでで、ミネルヴァのシリーズ「自伝」の既刊分は全部読んだはずです。
まだまだ続刊予定があるので、今後も楽しみです。
ところで、このシリーズでは主にそのとき自分がどうしておられたか、どう思っていたか、という個人の生活上のことを中心に記述される方と、そのときどきの研究内容を比較的詳細に記述される方に大別されるように拝見しています。
どちらかというと、本書は後者のウエイトが高いのですが、日本学術会議会員であられた頃の述懐は印象的だったので、以下長くなりますが引用します。

p.277 学術会議で活動する過程では、人文・社会科学と自然科学の相補的な関係について、いろいろ考える機会があった。人文・社会科学と自然科学は科学者コミュニティの車の両輪だという比喩が頻繁に語られるが、学会の規模・科学者コミュニティの裾野の広さ・公的な研究費の受領額のいずれからみても、学術の両分野の間に大きな懸隔があることは紛れもない事実である。この事実を素直に反映して自転車の両輪を作れば、大きな前輪と小さな後輪を持つ初期の自転車のようになり、この自転車にはブレーキをつけることはできない。急停車したい場合には、巨大な前輪の上部にある座席から飛び降りる他はないのである。人文・社会科学と自然科学の連携の姿を比喩的に表現するならば、私はむしろ飛行機の比喩を選びたい。生命科学系の自然科学と、理学・工学系の自然科学を二つの主翼とする飛行機に、人文・社会科学の小さな尾翼がついた姿こそ、学術の三つのパートの安定的・相補的・有機的な連携の表現として相応しいと思うからである。読者の注意を喚起したい点は、尾翼のない飛行機が安定飛行することは不可能であるように、生命科学系と理学・工学系の自然科学が日本の科学・技術の信頼性・安定性のある両翼として機能できるためには、小なりとはいえ人文・社会科学の鋭敏な方向舵による指針と補完が必要不可欠であることである。この観点に立つとき、規模も機能も裾野も異にする自然科学と人文・社会科学に対して、同じ制度的枠組みを一様に適用する考え方には、往々にして無理があるように思われてならない。