lionusの日記(旧はてなダイアリー)

「lionusの日記」http://d.hatena.ne.jp/lionus/としてかつてはてなダイアリーにあった記事を移転したものです。

教育の射程。

非常勤先のひとつである,某大学での後期1回目の授業をしてきました。
その時に,lionusの授業を受講している4年生と,卒論でアンケート調査を使いたいという相談から派生して小一時間ほど話をしてしまいました。
lionusはいち非常勤ですので,卒論の相談に乗るような立場ではないのですが,たまたま社会調査系の科目だったので相談してこられたのだと思います。
その学生さんが所属しておられるのは社会学部で,指導教授の専門は宗教学なので,ゼミ的には別にアンケート調査などしなくてよいのでしょうが,彼女が言うには,

これこれこういう話になっている,って文章で書いたとしても,ホンマにそうなんかっていうことを突っ込まれたら答えられないと思ったんですよ。
だから,ゼミは社会調査系じゃないんですけれども,一応,現状調査はしておかないと何にも言えないんじゃないかなぁ・・・と思って。

ということでした。
lionusはそれに対して,

そうだねぇ,mixiとかは今の社会で起こっていることだから,現状を調査しないと意味ないよねぇ。
そもそも現代社会学部だから,現代のことを扱っているわけで,現在何が起こっているかを押さえておかないと駄目だよね。だから文献だけでなく調査をしないといけないわけで。

と反応したのですが,喋りながら自分ではっとしました。
lionusがここの大学で担当している科目は,社会調査系で,具体的にはSPSSを使ったデータ分析を扱っているのですが,学生さんからすると「何でこんなことせなあかんの」「数学っぽくて苦手/嫌だ」という感想があるようです。社会学部ですが,かなり学際的なところを狙っているようで,専任の先生の学問的バックグラウンドは非常に多彩です。物理学や倫理学の先生もおられます。lionusが担当している科目は履修基準年度2年生の必修科目なので,そろそろ所属したいゼミが固まりつつある2年生にとっては,例えば「私は倫理学がやりたいのに何でSPSSで統計せなあかんの。無駄やわ。」と大いに不満を感じることは想像に難くありません。つまり,2年生の時点で自分が目指す方向と科目の内容とに直接的な関連性が認められない場合に,不満が出てくるということです。
以前に上記のような指摘を受けてから,卒論で使わないかもしれない*1「技術」を必修科目として講義することに一抹の後ろめたさを感じていたのですが,今回の件でその後ろめたさの大半は氷解したような気がしました。
2年生の時点で自分には関係ない,不要だ,とか思っていることも,4年生になって実際に卒論を書こう(卒論という問題に主体的に対処する)段になってはじめて必要であると認識することもあるのです。
大学の教育はいかにあるべきか,ということについては,大学における教育の射程を定義するところから始めないといけないのではないでしょうか。
卒業時点で,「働く人(例えば:企業に高く売りつけることのできる人材)」として十分有能な人間を卒業させることに狙いを置くのか,それとも,卒業時点に限らず,生涯通じて有効な「何か」を持った人間を輩出することを目指すのか否か,ということです。
lionusは,近年の風潮に従い,どちらかというと前者に基づいて物事を考えていた節があったのですが,今日のことをきっかけに,いやしくも大学で教える者としては後者の立場をとるべきだ,と感じるようになりました。

*1:この学部の専任教員の構成からみるに,質問紙調査を使うゼミは多く見積もっても決して半数を超えることはない。