lionusの日記(旧はてなダイアリー)

「lionusの日記」http://d.hatena.ne.jp/lionus/としてかつてはてなダイアリーにあった記事を移転したものです。

プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?(テレビ(映像メディア)についてはどうお考えなのか。)

プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?

プルーストとイカ―読書は脳をどのように変えるのか?

知人のM氏にしばらく前に薦めていただいたものを,やっと読みました。
タイトルを見たとき,プルーストは有名な小説家ということしか知らず,なぜこのタイトルになっているのか,分かりませんでしたが,イカについてはすぐにピンときました。
神経科学のお話か,と。
lionusにとってイカといえば松本元先生です(?)。松本元先生については,2005年10月2日の記事でふれていました。ヤリイカの巨大神経を使った神経活動の研究を行うために,生きた個体を常に確保すべく,不可能と言われていたヤリイカの人工飼育に世界で初めて成功されたことは有名です。
読字(読書)について個人的・知的次元と生物学的次元の二つを併せて論じた,チャレンジングな本でした。タイトルの「プルーストイカ」はそれぞれのメタファーとして用いられています。
読字と書字の個体発生(子どもの発達)と系統発生(ここでは歴史)について,そしてディスクレシアの神経科学的検討について,ちょっと難しいですが,一般向けによく記述されている印象でした。
ヒトは書き言葉の獲得により,知識を自分の外に従来より遥かに多く蓄積しておけるようになり,また,読字と書字は脳の可塑性の上に,新たな機能ネットワークを作り上げることを可能にした,言い換えれば,読字と書字は脳を作り替えるということが,納得できました。
しかし,本書では,著者は近年のインターネット(WWW)の爆発的な発展により,ハイパーテキストによる「つまみ食い」が普及することに大きな懸念を抱いていると主張しています。
本は最初から順番に(シリアルに)読んでいく必要があり,それは著者の思考過程の上に自分のそれを寄り添わせてなぞっていくことにつながります。

他人の思考を理解できれば,汲み取れるものは二倍に増える。他者の意識と自分自身の意識である。3000年の時をかけて他者の思考プロセスを考慮する術を身につけたからこそ,本来ならば想像もできない人間の意識を自分のものとして本当に理解することができるのだ。

うんうん。本を読む楽しみとは,これに尽きるとlionusも感じています。
本を通じて色々な他人の「眼鏡」をかけてみることにより,自分の立ち位置を相対化し,批判的思考を身につけていく,そんなことをおっしゃっているようにlionusは本書を読みました。
しかし,検索エンジンを使って飛び入り,リンクを辿って飛び回れるハイパーテキストは,本のような読み方を要求しませんし,本のような読み方は適切な方略ではないことも多いです。
オンラインテキストが従来の「読書」に取って代わるような事態が来るのではないか,いや,来つつあるが,それでは読み書きはできるものの断片的な切れ端を集めただけで,「知っているつもり」の自力でものを考えない人間(脳)を作り出してしまうのではないか,と著者は大きな懸念を抱いているようです。
それは,確かに納得できるのですが,ここでひとつ大きな疑問が・・・
テレビ(映像メディア)の発達については著者はどうお考えなのでしょうか。
かつて大宅壮一という人がテレビというメディアについて「一億総白痴化」と述べたそうで,上述のハイパーテキストと同様「自力でものを考えない人間」を増やすメディアとも考えられそうですが・・・話がややこしくなるので,敢えて無視されているのかもしれません。